レーザー科学技術

レーザービームを繰る-波長変換

レーザービームを繰る-波長変換

レーザーは原子内の電子のエネルギーか,あるいは半導体のバンドギャップを利用しており,波長可変レーザーなるものがあるものの,一般には特定の波長の光しか得られません。

例えば,ある特定のガスの検出にレーザーを利用しようとすると,そのガス分子が吸収できる波長のレーザー光が必要になってきます。たまたま,その波長のレーザー光が得られる場合は良いでしょうが,普通はちょうどマッチするような波長の光は存在しません。

このような場合,現存のレーザー光の波長を変える技術が必要になってきます。光の波長を変えるためには,非線形光学効果が必要です。光が結晶の中に入ると,光の電場が結晶を構成している個々の原子に力を及ぼします。

この時,重い原子核は光の周波数のような高速変化には追随できませんが,電子は非常に軽いので,光の電場に追随して,図1のように変位します。電子の電荷は負なので,電場と逆方向に力を受けて移動します。光の電場は1秒間に1015回程度,振動していますので,電子も同じ周波数で振動します。

図1

図1のように,正の電荷と負の電荷が分離した状態を分極と言いますが,この分極が電場の振動に合わせて波のように振動します。分極が振動すると,それによって新たに光が発生します。入ってきた光がレーザー光の場合,結晶内の原子が順次分極していき,そこから新しい光が発生するのですが,位相が揃った新しいレーザー光となって,結晶内を伝搬し,最後には結晶から出て行きます。これが結晶中を光が透過する現象です。

結晶が数種類の異なる原子からできている場合,着目する原子の周りの環境は,方向によって異なることがあります。このような結晶を,異方性を持つと言います。結晶の中にレーザー光が入って来て,電子を振動させるのですが,レーザー光が強い場合で,しかも結晶が異方的な場合,電子の振動が方向によっては変位に制限を受けるようになります。

この様子を図2に描いてあります。このように変形した分極には,入射電場に比例する項に加えて,入射電場の二乗に比例する項が含まれているのです。この二乗項を分解すると,元の光の2倍の周波数を持つ光が含まれていることがわかります。周波数が2倍の光ですので,第二高調波発生と呼んでいます。英語ではSecond Harmonic Wave Generationと書きますので,その頭文字をとってSHGと呼んでいます。周波数が2倍のですので,波長が半分の光です。その様子を描いたのが図3です。元の光を基本光と呼んでいます。

図2

図2では,入射光電場E1によって誘起された二次非線形分極波P2だけを描いてあります。当然,E1に比例する分極波も存在します。このP2によって,新しく第二高調波E2が発生します。

ところで,結晶の屈折率は波長が短くなると,必ず大きくなります。すると,基本光と新しく発生したSHG光の結晶内における伝搬速度が異なることになります。当然,SHG光に対する屈折率が,基本光に対する屈折率より大きくなりますので,SHG光の方が遅く伝搬します。

例えば,図3に描いてありますように,点AでSHG光が発生し,さらに点B,点C,点Dでも順次発生します。これらのSHG光が足しあわされて,合成SHG光が形成されるのです。すなわち,B点で発生した波は,A点で派生した波とほぼ位相が揃っていますので,足し合わせることで,合成波の振幅は大きくなります。

図3

さらに,C点で発生した波も同様です。D点で発生した波を見ると,それまでに発生した波の山同士がちょっとずれてきています。更に進んで,点Fで発生した波は,A点の波と位相が逆転しており,SHG光が打消しあいます。

すなわち,F点までの合成波の振幅が最大で,それ以降は減少し始めます。これ以上の位置におけるSHG光を合成しても,振幅は減少の一途をたどります。もっと進んで行くと,再び位相が揃う位置が存在しますので,合成波の振幅は図4に描いてあるように,大きくなったり,小さくなったりを繰り返すことになります。

図4

通常はこの周期が数μmですので,大きな結晶を使っても,強いSHG光が得られません。これは,基本光とSHG光の間に位相速度が生じ,位相が揃わずにSHG光が増大しないのです。これを位相不整合と言います。

この位相不整合を解消するためには,互いの位相を揃えるすなわち位相整合をさせる必要があります。

一つは複屈折を利用する複屈折位相整合法です。複屈折を持つ結晶は,結晶の方位と偏光方向によって,異なる屈折率を持っています。基本光とSHG光が異なる偏光方向を持っており,それぞれの光が異なる屈折率を受けるだけではなく,その波長依存性も異なる性質を示します。例えば,2つの偏光EとOに対する屈折率が,図5のように波長と共に変化するとしましょう。

図5

E偏光のSHG波長における屈折率とO偏光の基本光に対する屈折率が同じ値を持つように,結晶の角度や温度を調整することができるようになります。その結果,両方の光に対する位相速度が一致し,位相整合を取ることができるのです。図5では,Nd:YAGレーザーから得られる1064 nm基本光と,そのSHG光(波長532 nm)の屈折率を一致させる例が描いてあります。

複屈折位相整合は,結晶の複屈折特性に大きく依存しますので,波長変換に利用できるレーザーの波長と活用できる非線形光学特性が限定されます。また,複屈折結晶の異方性によって,結晶内を伝搬するにつれて,基本光とSHG光の進行方向にずれが生じる場合もあり,利用できる結晶長さに制限がかかる場合もあります。

そこで登場するのが,疑似位相整合法と呼ばれる方法です。

英語でQuasi Phase Matchingと言いますので,略してQPM法と呼ぶこともあります。図3で,点Fで発生したSHG光の位相が,それまでの位置で発生したSHG光と位相が逆転するため,その点以降のSHG光が重ね合わせられる結果,強度が増大せず,むしろ減少していきます。

そこで,点Fからの結晶の原子配置を,点Fまでの原子配置と逆転させた構造を作りますと,その結果,点Fで発生するSHG光の位相を逆転させることになります。すると,点Fで発生したSHG光の位相が逆転し,それ以前の位置で発生したSHG光と重ね合わせられると,SHG合成光が点F以降も増大することになります。

すなわち,図6の例では,点Aから点Fに至る距離毎に,位相が反転するような周期的な構造を作ることによって,結晶の中を伝搬するにつれて,順調に増大するSHG合成光が得られることになります。この様子を描いたのが図7です。これは疑似的に位相整合を満足させていますので,疑似位相整合法と呼ばれているのです。

図6

 

図7

結晶の原子配置を反転させるには,高電圧を印加するか電子ビームを照射するなどで達成できます。このアイデア自体は古くからあったのですが,数μmの周期構造を作る技術が無かったために実現されなかったのです。このような構造を周期的分極反転(Peridoic Poled)構造と言います。

 

このQPM素子は分極反転構造を形成する結晶方位を選ぶことによって,複屈折法では実現できなかった方位の高い非線形性を利用できるようになり,いろいろな波長に対応した高効率の波長変換が実現できるようになりました。

今までは,1つの光を非線形光学結晶に入射しました。次に,2つの異なる周波数を持つ光を入射させた場合について考えましょう。

 

図8のように,ω1とω2の角周波数を持つ光が入ってきたら,入射電場の2乗に比例する項から,2ω1,2ω2の第二高調波以外に,ω1+ω2の光とω1-ω2の光が発生します。前者を和周波発生,後者を差周波発生と呼んでいます。4つの周波数の光が発生するのですが,全てについて位相整合条件を満たすことはできませんので,どれか1つに合わせて位相整合を取ることになります。

図8

2つの光を入射させる場合の位相整合は,意外と簡単なのです。2本の光の入射方向を調整することによって,特定の非線形光に対して位相整合を取ることができます。第二高調波発生の場合は,位相整合を取る際に屈折率の大きさだけに着目してきました。本当のところは,大きさだけではなく,方向も加味して考えなくてはいけないのです。

和周波発生は,短波長域への波長変換,すなわち短波長域におけるコヒーレント光発生に役に立ちます。具体的な例は,後でお示しします。

一方,差周波発生は長波長光を作る際に役に立ちます。接近した周波数の光の差周波発生を使うことによって,既存のレーザーでは実現しにくかった中赤外域やテラヘルツ領域のコヒーレント光を得る手段として有用です。

差周波発生だけを抜き出した図9の下に注目してください。ちょっと見方を変えてみましょう。非線形媒質に振動数ωpの強いポンプ光と振動数ωs(<ωp)のシグナル光とを入射すると,差周波発生の過程を介してシグナル光が増幅されると同時に振動数ωi=ωp-ωsのアイドラ光が発生して増幅されていきます。この過程を光パラメトリック増幅(Optical Parametric Amplifier:OPA)と言います。

シグナル光を外部から入射せずに,ポンプ光以外の光の入射がない場合でもシグナル光とアイドラ光が発生する場合も起こり得ます。このときの様子を図10に描いてあります。このとき,シグナル光だけを反射する共振器の中に非線形光学結晶を置くことによって,コヒーレントなシグナル光を取り出すことができます。これが光パラメトリック発振(Optical Parametric Oscillator:OPO)です。

図9下には,シグナル光にたいしてだけ共振器となる場合が描いてあります。シグナル光とアイドラ光の両方に対して共振器を構成する場合もあります。

図9

OPOで得られるシグナル光とアイドラ光の波長は非線形媒質の位相整合条件によって決定されます。結晶の角度や温度を変えることで発生光の波長をチューニンクすることができるので,OPOは波長可変光源としてきわめて有用です。

非線形光学結晶は,3種類以上の原子からできており,種類が多くなればなるほど,高品質の単結晶を育てることが難しくなります。非線形光学結晶とそれを使った波長変換の例をいくつか挙げておきます。

図10上にはYAGレーザーから発振した波長λ=1064 nmの光をKTP(KTiOPO4)結晶でλ=532 nmに変換し(SHG),さらにCLBO(CsLiB6O10)結晶でSHG変換した結果,λ=266 nm(第四次高調波:λ/4)の光に変換している例です。CLBO結晶における位相整合条件も描いてあります。

図10

同図の下にはYAGレーザーから発振した波長λ=1064 nmの光をLBO(LiB3O5)結晶でλ=532 nmに変換し(SHG),さらにLBO結晶でλ=1064 nmの光とλ=532 nmの光を使って,和周波発生を行い,λ=355 nmの光に変換している(第三次高調波:λ/3)例です。LBO結晶における和周波発生の位相整合条件が描いてあります。λ=532 nmの光に変換するLBO結晶の結晶軸方位と,λ=355 nmに変換するLBO結晶の結晶軸方位は異なっており,それぞれ用途に合わせて製作する必要があります。

非線形光学結晶としては,大型単結晶を作ることができるKDP(KH2PO4),周期的反転構造を作るのに適したLN(LiNbO3)やこの結晶にMgOを混ぜたMgLN(MgO:LiNbO3)などが有名です。周期的反転構造をさせたものをPPLNやPPMgLNと略することもあります。

図11には,PPLNを使って,1038 nmのファイバーレーザーと1577 nmの分布帰還型(DFB)半導体レーザーから差周波発生を行い,2~5μmの中赤外光を作る方法が描いてあります。結晶の温度を変化させて位相整合条件を変えることで,波長を変える例が描いてあります。中赤外光は,環境汚染ガスの吸収分光を有効に使われます。

図11

宮崎大学・名誉教授 黒澤 宏

 

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