高出力励起光源(HPU)の開発と広帯域ラマン増幅器への応用
[概 要]
1405 nmから1510 nmにわたる12波長の励起用レーザダイオードにファイバ・ブラッグ・グレーティングを接続し,発振波長を狭窄化・安定化したのちに,石英系ガラス集積回路技術によって作製されたマッハツェンダ干渉計型波長合波器を用いて合波することによってトータル光出力2.2 Wとなる高出力励起光源を開発した。開発した励起ユニットを用いて,三種類の伝送路用ファイバ(SMF25 km,DSF25 km,RDF20 km)をラマン増幅用媒体として使用したラマン増幅実験を行い,SMFでは平均利得2 dB,DSFおよびRDFでは平均利得6.5 dBにおいて1520 nmから1620 nmの波長帯域で利得偏差±0.5 dBとなる超広帯域増幅特性を実現した。
1. はじめに
1990年代の始め,エルビウム添加ファイバ増幅器(EDFA)
が実用化されたことによって,光通信システムの伝送容量と再
生中継距離が飛躍的に向上した。ところが,それとほぼ同じ時
期に,北米を中心にインターネットの爆発的な普及が始まった
ことにより,公衆通信のトラフィックが激増し,更なる大容量
化が緊急課題となった。幸いにも,EDFAの利得帯域が比較的
広かったため,この波長帯域に含まれる複数の信号光を利用す
る波長分割多重(WDM)通信方式が,その解決手段として注
目され,急速な実用化を遂げて現在に至っている。現在のイン
ターネット上を流れる情報は静止画像が中心であるが,将来的
には動画像が主体となると予想されるため,伝送容量拡大に対
する要求はとどまるところを知らない。
EDFAを用いたWDM技術は,利得平坦化の容易な1550 nm
から始まったのだが,わずか数年のうちに1530 nm帯への拡張
を経て,最近では,利得係数が小さいために利用されていなか
った1580 nm帯にまで拡大している。しかしながら,EDFAで
増幅可能な帯域よりも光ファイバの低損失帯域の方が広いこと
から,EDFAの帯域外で動作する光増幅器への関心が高まって
いる。ラマン増幅器は,その候補の一つである。エルビウムの
ような希土類イオンを媒体とした光増幅器は,イオンのエネル
ギー準位によって利得波長帯が決まるのに対し,ラマン増幅は,
励起光の波長によってこれが決まるという特徴を持つ1)~3)
。そ
のため,励起光波長を選ぶことによって任意の波長帯を増幅す
ることが可能なのである
光ファイバにおけるラマン増幅器は,Stolenら4)
によって原
理確認され,青木ら5)
によって伝送実験が行われ実証された。
Mollenauerら6)
は,これを光ソリトン伝送に応用した。また,
枝川らは,半導体レーザを励起光源としてWDM伝送の実証を
行った7)
。ところが,十分な利得を得るためには数百mWとい
う励起パワーを必要とするため,当時では,固体レーザを励起
光源として用いる以外手立てはなく,数十mWの励起光で十
分動作するEDFAと比べ,通信での実用面で劣っていた。効率
の良いEDFAは,半導体レーザを励起光源として実用化が進み,
その影でラマン増幅器が広く普及することはなかった。
しかしながら,ラマン増幅器に関する研究は続けられ,大き
く二つの利点が指摘された。一つは,ラマン増幅器を分布型と
して構成した場合,伝送路にて一点集中して信号を増幅する希
土類イオン添加ファイバ増幅器に比べ,システム全体で低雑音
化が可能となること8)
,もう一つは,ラマン増幅用の励起光を
波長多重し帯域を拡大することによってEDFAでは成し得ない
利得の広帯域化が可能となることである9)~10)
。
本稿では,化合物半導体励起レーザ(LD)の波長多重化技
術を用いた高出力・広帯域励起光源の開発についてと,これを
用いたラマン増幅器で1520 nmから1620 nmの波長帯域におい
て利得偏差±0.5 dBという超広帯域増幅特性を実現したことに
ついて報告する。
2. 高出力・広帯域,波長多重励起光源の開発
高出力EDFAの普及は,化合物半導体をベースとしたコンパ
クトな1480 nm励起レーザモジュールの実現によって大幅に進
んだ11)
。WDM対応のEDFAは,チャンネル数が増えるほど高
* 出力な励起レーザを必要とするため,励起レーザの高出力技術
の発展を促している。特に,1480 nm帯の励起レーザは年々高
出力化が進み,遂にシングルモードファイバ(SMF)端出力
で,250 mWを達成するに至っている12)
。
広帯域WDM伝送実用化に不可欠なEDFAの高出力化を実現
するため,励起光源を効率良く合波することが必要である。近
年,偏波合成された3波長の励起光源(都合6個)を合波する
ことで信号光出力1.5 Wという高出力EDFAが実現されている13)
。
1480 nm帯におけるEDFの吸収波長帯は1450-1500 nmであり,
3波以上を合波するためには,各励起レーザの発振スペクトル
を狭窄化し安定化しなければならない。そこで,モジュール化
の際,ファイバ・ピグテールにファイバ・ブラッグ・グレーテ
ィング(FBG)を施し狭帯域の反射特性を有する外部共振器ミ
ラーを設けることで,発振波長を狭窄化・安定化した14)
。
FBGを用いて励起光源の発振スペクトルが数nm程度まで狭
く安定になったため,マッハツェンダ型のWDMカプラによる
効率の良い合波が可能となった。そのため,田中らは,火炎堆
積法に基づいた石英系ガラス集積回路(PLC)の技術を用いて
集積型8波長WDMカプラを実現し,安価で効率の良い高密度
波長多重励起光源用合波器を開発した15)
。その結果,光出力1
Wを超える広帯域高出力励起光源(High-power pumping unit;
HPU)の実現が可能となった。
3. 平坦利得帯域100nmラマン増幅器の開発
EDFA高出力化の目的で開発された1480 nm帯高出力波長多
重励起光源は,容易に広帯域ラマン増幅器用励起光源に転用す
ることができる。ラマン増幅は1500 nm付近では励起光からお
よそ110 nm長波側にて利得が発生するので,励起光源が1450
nmの周りで波長多重され広い帯域にわたっていれば,ラマン
増幅もそれに応じて 1560 nm のあたりで広い帯域を有する。
WDMカプラを用いて信号光と励起光を合分波するならば,励
起光と信号光の波長差である100 nm程度がラマン利得の広帯
域の上限となる。最近,我々のグループは,ラマン増幅器にお
いて,105 nmの帯域にわたる励起光源の波長多重を行い,100
nmの広帯域利得を実現した16)
。
図 1 に,試作した 12 波多重励起光源の光学構成図を示す。
各チャンネルはFBGにより波長安定化された励起LDをPBC
(Polarization Beam Combiner)により偏波合成したものを用い
ている。波長合波器は石英系のPLCで11個のマッハツェンダ
干渉計(MZI)が一つの基板上に集積化されている。励起LD
を偏波合成しているのは,励起光源の高出力化という目的以外
に,ラマン増幅器の利得の偏波依存性解消という目的のためで
ある。図 2,3 に HPU の出力スペクトラムと I-L 特性を示す。
各LDの駆動電流を700 mAにしたときにトータルで2.2 Wの出
力が得られている。波長配置は,1405-1457.5 nmが約7.5 nm間
隔,1465-1510 nmが約15 nm間隔に設定されている。このよう
に非対称な波長配置とした理由は,波長の短い励起光が波長の
長い励起光をラマン増幅してしまうことに起因する利得形状の
非対称性を補償するためである。図4は実験に用いたラマン増
幅器の構成である。励起光と信号光の合波には,LWPF(Long
Wavelength Pass Filter)を用い,励起方向は後方励起配置とし
た。二つのアイソレータとLWPFのトータルの挿入損失は波長
1550 nmにおいて1.6 dBであった。基本的には広帯域ASE光源
を用いて利得形状を測定しているが,確認のために波長可変レ
ーザをプローブ光として用い,ASE光源と共に入射した測定も
行った。図5は3種類のテストファイバ(SMF,DSF,RDF 17)
)
で行った超広帯域ラマン増幅器の利得特性である。各波長の励
起光パワーを調整することによって,波長帯域100 nmにわた
って利得偏差が±0.5 dBとなる広帯域かつ平坦な特性が得られ
ている。SMF: 25 kmでは2 dB,DSF: 25 kmおよびRDF: 20 km
では6.5 dBの平均利得が得られている。図5の利得は部品とフ
ァイバの損失を含んだものであり,入出力信号の比で定義され
た利得である。各ファイバの伝搬損失はいずれも約5 dBであ
った。
図6は帯域100 nmにわたる平坦化を行ったときの励起波長
別の入射パワーである。ポンプ間ラマン効果のため,利得の平
坦性を維持するためには短波長側の入射パワーを長波長側より
も大きくする必要があることがわかる。SMFはトータルの励
起パワーが一番大きいにもかかわらず,平均利得が他の二種の
ファイバよりも小さいので,利得効率が一番悪いといえる。
RDFとDSFは平均利得が同じであるが,必要な励起パワーは
DSFが790 mWであるのに対して,RDFは610 mWであるから,
RDFのほうが効率が良いといえる。この傾向は,ラマン利得
が励起光のパワー密度に比例することと,モードフィールド径
がSMF,DSF,RDFの順に小さくなっていることから概ね説
明される。
EDFAと分布型ラマン増幅器の比較は,集中型と分布型とい
う違いがあり直接比較することは容易ではないが,100 nmの
帯域を得るのにトータルの励起光出力が600 mWならば,ラマ
ン増幅器がEDFAに対して効率で決定的に不利になるとは,必
ずしもいえないことがわかる。
4. 広帯域ラマン増幅器の応用
最近,特にWDM伝送において,分布型ラマン増幅を用いる
ことによってシステム全体の低雑音化を図る研究がなされてい
る。従来の EDFA 中継方式では,信号光レベルが高く FWM
(Four Wave Mixing)などによる非線形性が問題となり,信号
帯域にゼロ分散波長を含むDSF線路上のWDM伝送は困難と
されていた。一方,EDFAを用いたWDM無中継伝送にラマン
増幅を組み合わせることで,雑音特性が向上した分,伝送路中
の信号レベルを低下させることができる。NTTやLucentの研
究グループは,この効果を利用し,信号帯域にゼロ分散波長が
あるDSF線路上にて信号レベルを低減させることで非線型効
果を抑制し,大容量 WDM 伝送に成功している 18)~19)
。一方,新しい分散補償線路として注目を集めているSMF-RDF線路に
てラマン増幅を適用することで,信号の SPM(Self-PhaseModulation)による影響を低減した報告もなされている20)。
大
容量WDM伝送において,雑音や非線形性の回避は死活問題で
あり,分布型ラマン増幅器が一つの解決策になることが期待さ
れる。
5. おわりに
ラマン増幅器に関する研究の歴史は古く,通信用の光増幅器
を模索していた時代には,その最有力候補として期待された時
期もあった。しかしながら,EDFAが格段の進歩を遂げたこと
により,ラマン増幅器は影の薄い存在となっていった。ところ
が,EDFAを用いたWDM技術が成熟し始めたことにより,再
びラマン増幅器への関心が湧き上がりつつある。本稿では,利
得帯域が励起光波長によって決まるというラマン増幅器の利点
を生かすことによって利得帯域幅100 nmという超広帯域特性
が可能であることを示した。今後,ラマン増幅器は,いろいろ
なシステムへの応用が期待される。形式も,集中型,分布型,
EDFAとの併用など,多様な可能性を持つ。光ファイバの低損
失帯域全域を使い切る超広帯域WDM伝送や,分散補償線路に
よる次世代の長距離・超高速・大容量WDM伝送において不可
欠な役割を担うであろう。
著者: 江森芳博 * 並木 周 *