青色/緑色半導体レーザー技術の最前線
光ファイバ通信やDVDの光ピックアップが主戦場で
あった半導体レーザーは,最近になって,ディスプレイ
への応用が期待されるようになってきている.レーザー
特有の極めて細い波長スペクトルをもつ赤/青/緑色の三
原色光源を組み合わせた場合,理論的には,従来のディ
スプレイを上回る性能が可能となる.たとえば,Fig. 1
に 示 さ れ る よ う に, 半 値 幅1 nm以下の460,530,
630 nmの光源を組み合わせた場合,色再現可能領域は
ほとんどの自然色を包含する.また,従来の液晶ディス
プレイテレビに比べて,プロジェクター(投影型)は,液
晶によって遮断される無駄な光がないため,消費電力を
大幅に削減できる可能性を秘めている.実際,2008年
に,三菱電機は赤/緑/青色それぞれ7.6/6.0/9.7 Wという
高出力レーザーを用いて,消費電力がわずか135 Wとい
う65型のレーザーテレビを商用化した1)
.テレビのよう
なアプリケーションでは,レーザーは高出力,高い電力
変換効率,そして十分な信頼性が必須である.さらに,
手のひらサイズの小型プロジェクターの場合,小型化の
要請から,複雑な機構をもつデバイスよりも,シンプル
な半導体レーザーが好ましい.
赤色半導体レーザーについては,ソニーにより,波長
635.1 nmにおいて7.2 Wという高出力半導体レーザーア
レイが実現されている2)
.ここには,25個のAlGaInP系
ファブリ・ペロー型レーザーが集積されており,一つの
レーザー導波路からは約300 mWの出力が放射される.
電力変換効率としては,23 %程度である.644 nmの出
力7 Wの場合では,プロジェクタの白色光源に使われる
UHPランプの典型的な寿命である5000時間を上回る
10000時間の信頼性が確認されている3)
.AlInGaP材料系
では,端面損傷(COD)を防ぐための光子密度制御(幅広
の導波路の使用)や高出力駆動を可能にするための放熱
技術などが重要となる.
青色半導体レーザーでは,GaN系材料(III族窒化物半
導体)がスタンダードの地位を獲得した.基本的には,
青色(440-460 nm)でも,それより長波の緑色領域でも,
ブルーレイ用ピックアップ光源である青紫色(405 nm)
半導体レーザーと同じ技術が使用される4)
.これらは共
通してInGaN量子井戸を有しており,In組成を増加する
ことで波長を伸ばしていくことができる.しかし,緑色
発光を実現するため,In組成を30 %程度まで増加させる
ことは,極めて難しい.下地となるGaN基板の格子定数
とInGaN量子井戸の格子定数は大きな差があるため,転
位を抑え高品質で結晶性することが難しいことが一つの
理由である.また,GaNやAlGaNの成長温度(1000 ℃以
上)と高In組成のInGaNの成長温度(800 ℃前後)が異なる
ため,成長レシピは複雑となり,それを制御する装置の
設計も難しい.さらに,極性のもつc面GaNの場合では,
波長が長い緑色領域では,量子シュタルク効果により発
光再結合時間が増加し,内部量子効率が低下するという
問題も顕著になる5)
.後述するように,後者の問題を克
服する方法として,非極性/半極性面にデバイスを成長
する技術がある6)
.445 nmの青色レーザーとしては,現
在,連続発振により1.4 W(パルス駆動により3 W)の出
力がc面GaNを用いた単一導波路デバイスによって実現
されている7)
.驚くことに,このような1 W以上の出力
においてもCODは報告されていない.報告された電力
変換効率は,1.2 Wの出力において約24 %である.1 Aの
連続駆動(1 W程度の出力に対応)において,推定寿命
は,30000時間以上である.このような性能は,すでに
実用化された青紫色レーザーの技術基盤である,へき開
形成によるm面端面への端面コーティング8)
と高品質のc
面GaN基板の使用に依るところが大きい.したがって,
c面を用いて青色や緑色レーザーを開発するうえでの唯
一の課題は,結晶品質やデバイス性能を保ったまま量子
井戸のIn組成を十分に高められるかどうかである.
ここまでの話題にあがった赤色から青色領域までの半
導体レーザーの性能をFig. 2にまとめた.c面GaNによる
青色レーザーの性能は,AlGaInPからなる赤色レーザー
と同等またはそれ以上であることがわかる.簡単なレー
ザー物理に従って,電力変換効率 㲓α m(/ α m +αi
)×ηd ×
光子のエネルギー/駆動電圧という近似式が導かれる.
ここで,α m,αi
,およびηdは,端面損失,内部損失,し
きい値電流以上における内部微分効率である9)
.7 Wの
赤色レーザー(644 nm = 1.9 eV)と1.2 Wの青色レーザー
(445 nm = 2.8 eV)の典型的な駆動電圧は,それぞれ
2.35 V and 4.8 Vである3,7)
.試算のために,前後端面反射
率 を10 %と99 %としてα m = 23 cm-1
,内部損失をαi
=
10 cm-1
と仮定すると,ηd 㲓 100 %の場合においても,
電慮変換効率は40-60 %が限界であることが導かれる.
したがって,現在の赤色/青色レーザーは,理論的な限
界に迫る十分な性能を有しているといえる.
直接緑色光を発振できるレーザーを議論する前に,す
でに商用化された波長変換型(SHG)緑色レーザーに触れ
る.この原理は,赤外領域1060 nm付近の半導体レー
ザーを光源として,その光を非線形光学媒体を通過させ
て倍波の緑色光を得るものである1,10)
.Corning社の場
合,InGaAs材料からなる1060 nmのシングルモードレー
ザー光をPPMgLN(periodic-poled MgO-doped lithium niobate)からなる導波路を通過させ,530
nmのレーザー光
を生み出す機構を採用している10)
.三菱電機とCorning
社は,機構が異なるものの,それぞれ15アレイにより
10.8 W,単一導波路により304 mWの出力を達成してい
る.赤外から緑色領域への波長変換効率は,後者の場
合,304 mWにおいて72.9 %に到達している10)
.現在の
電力変換効率は,15-20 %であり,赤色/青色レーザと比
べそれほど遜色のなく,レーザーテレビ等で既に使用さ
れている.
長い間の目標であった緑色領域で発振する半導体レー
ザーは,2009年,遂に複数のグループによって実現され
た.同じGaN系材料が用いらているものの,グループご
とに異なる結晶面が採用されている11)
.c面GaNと呼ば
れる材料は,ウルツ鉱型の六方晶結晶構造の底面(c面)
を成長面とする.この面は量産されているサファイア上
の青色LEDやDVD向け青紫レーザーと同じ面である4)
.
400 nm付近の青紫レーザーが最初に達成されたときか
ら実に15年の年月を経て,510 nmを超える波長のレー
ザーが達成された12‒15)
.主たる難点としては,高In組成
のInGaNを高品質で成長する結晶成長技術の確立ととも
に,GaNが極性材料であることに起因する物理的要因も
あげられる.c軸方向に強い内部電界が生じるため,量
子井戸内で電子とホールが分離(量子シュタルク効果)し
て放射再結合割合が低下する.その結果,著しい内部量
子効率の低下を引き起こす5,6)
.In組成が大きくなるにつ
れ,GaNに対して格子不整合が大きくなるために,この
効果は顕著になる.また,量子シュタルク効果は,電流
密度の増加とともにブルーシフトと呼ばれる短波長側へ
の波長シフト引き起こすため,c面GaNにより緑色レー
ザーを実現するためには,黄色領域に迫るより長波長の
LEDが必要ということになる.しかし,公知のように
GaN系材料による明るい黄色LEDというものは実現が難
しい.このような困難は,技術進歩により一部克服さ
れ,日亜化学は,510-515 nmにおいて8 mWの連続発振可
能なレーザーを開発したと報告した12)
.同様に,オスラ
ム社520-524 nmにおいて50 mWの出力を実現した13,14)
.
しかしながら,効率の観点でいえば,波長524 nmにお
ける50 mW連続発振駆動において,電力変換効率はわず
か2.3 %である.現時点では,駆動電圧についても,波
長が伸びるにつれて増加しており,電力変換効率を下げ
る一因となっている13)
.これは,強い内部電界によって
引き起こされていると考えられ,克服しなければならな
いc面特有の課題である.
一方で,当該分野では,結晶成長面を変えようと動き
が近年盛んに研究されてきた.c面から90度傾いた非極
性面やc面と非極性面の中間にあたる半極性面などであ
る.言葉の通り,これらの面を用いることで,内部電界
を抑制することができ,緑色領域で内部量子効率を高め
ることが予測されている6)
.長らく実現から遠い存在で
あったが,これらの結晶成長を高品質に実現するバルク
基板とホモエピ技術が登場したことにより16‒18)
,c面材
料に一切遜色ないデバイス性能が実現した.非極性面で
あるm面GaNによる青紫レーザーが実現されて以降19,20)
,
m面材料は緑色レーザーを実現する材料として注目を浴
び,発振波長も瞬く間に500 nmに到達した21‒27)
.490-
500 nm領域において,結晶品質の低下から電力変換効
率は0.5-4 %程度であるものの,これはc面と遜色ない値
であり,高い微分効率など無極性面の潜在能力が垣間見
れた24)
.しかし,さらにIn組成をさらに増加させた520-
530-nm領域では,活性層の量子井戸とバリア層の界面
から積層欠陥が形成されることが明確となり,現時点で
は新たなブレイクスルーがない限り大きな進展が期待で
きない材料となっている28)
.m面とは別に,カリフォル
ニア大学サンタバーバラ校(UCSB)の研究グループは,
セミポーラ面である(112-2)面の研究を行ってきたが29‒
32)
,最近になって,非極性面から30度傾いているこの結
晶面はミスフィット転位の臨界膜厚が著しく小さいこと
が判明し,超波長において非常に明るい発光が確認され
ているものの,光閉じ込めに必要なガイド層などの積層
に難点があり,進展が滞っている33)
.
2009年,m面から15度傾いた(202-1)面により,住友電
工が531 nmの純緑色半導体レーザーを実現した34,35)
.し
きい値を下げるために高い端面反射率コートが用いられ
ているため,連続発振の最大出力は2.5 mW,電力変換
効率は0.22 %である.Fig. 3に示されるように,UCSBに
おいても,Alを含まないGaNクラッド層からなるシンプ
ルな構造を使用して(202-1)により516 nmのレーザー発
振を達成した36‒38)
.Fig. 4には,m面と(202-1)のLED出力
の比較を示した.500 nmを超えた領域では,(202-1)が
顕著に優れていることがわかる37)
.米国ベンチャー企業
であるカーイ社は,非極性/半極性GaNを活用し,連続
発振としては最長波長である525 nmの緑色半導体レー
ザーの開発に成功している39)
.522 nmの場合,30 mW出
力における電力変換効率は0.8 %である.不完全なオー
ミック電極の改良も,電力変換効率を高めるために必要
である.
非極性/半極性GaNレーザーの特徴の一つとして,結
晶面が傾いていることにより,デバイスが非対称性にな
ることが挙げられる32,40)
.導波路の形成方向によって,
しきい値電流が依存する20,41)
.たとえば,m面レーザー
の場合,c軸方向に平行に導波路を形成した場合に低い
しきい値電流が得られている40)
.これは高いゲインも寄
与しているが,へき開による端面が利用できることの効
果も大きい.しかし,(112-2)面の場合は,高いゲインが
得られる導波路[1
-1
-23]方向と,へき開可能なm軸方向導
波路とが一致せず,理想的なレーザーは作製できな
い32)
.実際緑色レーザーを実現した(202-1)面の場合は,
高いゲインが得られる[1
-014]軸方向に導波路がつくられ
ており,端面はへき開形成であるが34)
,その端面がどん
な面であるか,またそれが再現可能なものであるのか等
の疑問があり,量産と信頼性の確認が今後の課題であ
る.GaN系レーザーでは長期信頼性を確保するために
は,平坦な端面が必要であることが分かっている8)
.こ
れら例でみられるように,半極性GaNのレーザーでは,
高いゲインのとれる方向とへき開端面が形成可能な面が
一致するかが鍵となる.いずれにせよ,(202-1)面緑色
レーザーの信頼性は大変興味深い.Fig. 2に,赤色/青色
レーザーとともに,さまざまな緑色レーザーの特性を示
した.緑色半導体レーザーは一桁の性能改善が必要であ
る.後で簡単に議論するように,自然発光(LED)の内部
量子効率の向上が必要である.Table 1には,2009年から
2010年前半に発表された緑色半導体レーザーの特性をま
とめた.
ここまでの議論をまとめると,緑色レーザーの克服課
題として,出力,駆動電圧(c面と非/半極性の場合で要
因は異なる),信頼性の3点が挙げられる.繰り返せば,
高い出力が得られる高品質InGaNの成長と,オーミック
電極などのプロセス技術と,端面形成を含んだ信頼性の
確保という3つを同時に満たすことが今後の研究の鍵で
ある.
半導体レーザーのデバイス物理に従って9)
,内部量子
効率とレーザー出力の関係を近似的に導くことができ
る.レーザー発振のしきい値においては,モーダルゲイ
ン(gΓ)は,ミラー損失と内部損失の合計(α m +αi
)と釣り
合う.ここで,gは量子井戸のマテリアルゲイン,Γは閉
じ込め因子である.マテリアルゲインの電流(I)依存性
をパラメータs,t,Itrを使って単純に(g I)≈ηi ×(s I-Itr)t
とすると,しきい値電流はIth = ({ α m +αi
)/sηi
Γ}1/t
+ Itrと
なる.ここで,ηi
は内部量子効率であり,電流の一部が
1-ηi
の割合で非発光再結合すると仮定している.導か
れた関係式から,ηi
によらず同じIthを得るためには,
α m +αi ∝ η(i α m +αi
= xηi
)を満たすように端面ロスを減
らす必要がある.実際,高い前端面反射率は,現状盛ん
に導入されている25,34)
.レーザー出力は,
,
で計算される.ここで とqは光子エネルギーと電気素
量である.後端面の反射率を100 %とし,前端面コート
を制御することでしきい値電流を同じにする,つまり
α m +αi
= xηi
の関係が満たされるとすると,出力は,P ∝
(xηi
-αi
)×ηd/ηi
となる.(レーザーの発振しきい値以上
での誘導放出の内部量子効率ηdは,自然発光のそれに比
べ,一般に大きい42)
.)ここから明らかなように,内部量
子効率が低い場合にしきい値を低く保とうとすると,同
じ電流注入におけるレーザー出力は小さくなってしまう
ことが明らかである.実際,ηi < 30 %では,出力は正
とならず,これは2009年以前の状況に対応する.今の緑
色領域での効率はおよそ40 %前後であると考えられ,
青色領域では100 %に近いと仮定すると,Fig. 2の出力比
較において約一桁程度の性能に開きがあることを理解す
ることができる.
ここで示されたように,レーザーを高出力化する,つ
まり,効率を良くするためには,本質的には内部量子効
率を改善しなくてはならない.量産中の緑色LEDの効率
は,青色LEDに比べて半分以下の30 %程度であること
はよく知られている43)
.量産されるc面緑色LEDの場合
は量子シュタルク効果の影響もあるが,非極性面/半極
性面と共通して不十分な結晶品質も少なからず影響して
いると考えられる.つまり,In組成が30 %に迫る緑色発
光用のInGaNの成長技術は未だに大きな改善の余地があ
る.また,Fig. 4に示されるように,同じ結晶成長技術
を使っても,結晶品質は面方位に強く依存する.ミクロ
な結晶成長メカニズムと面方位の関係は,以前として興
味深く,たとえば,UCSBのグループは,Alを活性層中
のバリア層に加えることで,大幅な効率改善を確認して
いる37)
.このような,材料物性およびデバイス研究は今
後も続けていく必要がある.
今日の窒化物半導体からなる青色半導体レーザーは,
実用化された赤色レーザーとなんら遜色はない.SHGタ
イプの緑色レーザーも,実用化できる領域にある.しか
しながら,窒化物半導体からなる緑色領域で発振が可能
な半導体レーザーの性能は一桁劣るのが現状である.低
い内部量子効率がこの直接的な原因である.面方位を変
え,量子シュタルク効果を抑えるなどの試みとともに,
本質的に結晶品質を高めていく研究は引き続き必要であ
る.そのマイルストーンとして,緑色LEDの効率は2倍
程度の引き上げる必要であり,それが可能になれば,自
ずと緑色レーザーの性能も一桁向上される.緑色領域に
おいて,あらゆる面方位の検討とともに,引き続き高In
組成のInGaNの結晶成長の研究および物性研究が必要で
ある.
著者 :: 太田 裕朗,中村 修二